2011年5月28日土曜日

反省会USTの反省会:その2

つづきます。
思考参加型マジック
ヒロキさんがどんなマジックを目指してるのか僕は聞いたことがなかったんだけど、「世の中みんなが魔法遣いになれる世界」っていうのがすごく素敵だった。マジシャンだけじゃなくって、それがもっと普通の人にも体験できるようになったら楽しいなって言ってた。

ま、そこの話はあんまり覚えてないから飛ばして、思考参加型マジックについて。
ヒロキが目指してるマジックってのが、お客さんが何がすごいのかに気づくっていうものだった。ドヤ顔をしないマジック。
マジックって、お客さんが驚けるようにここがすごいところですよっていうのを「間」というものを使って表す。ほら!っていうポーズのところね。それは、お笑いでいうツッコミに似てると思うけど、そういうのが嫌なんだって。

もし、マジシャンが、お客さんの言うだろうことをカードに予言したのに、予言だとわからない予言マジックをしたら。
お客さんは一体何が起こったんだろう?って疑問に思う。徐々に思考していくと、突然あるとき「は!」って予言マジックだったことに気づく。それは、マジックの凄さと、自分で気づけた喜びのダブルパンチになる。つまり、喜び2倍!
思考参加型マジックとリアル脱出ゲーム
そんな風に、ただ見るだけのマジックじゃなくて、お客さんが考え始めてしまうマジックがあればいいなーって言ってた。それはとても昔のリアル脱出ゲームの仕組みに似ている気がした。
何にも知らない状況で、「あなたは閉じ込められました」って言われて、なんか訳のわからないものが散らばってて、集めてきたら問題に見えて、解いてみると新しいアイテムがもらえて。最初はそこまでやる気があったわけじゃない人も、いつの間にか脳に汗かいて必死に考えてる。
そういう心地良さがリアル脱出ゲームにはある。心地いい思考難易度。解けないから諦めないわけでもなく、すぐ解けるからめんどくさいとも思うわけでもなく、解きたくなるくらいの難しさ。情報量。
階段状に登って行くから、いつの間にか高いところまで来てるってみんな気づいてない。気づかない。そういうステップがあるから、最後の難しいナゾもちゃんと考えてしまう。
リアル脱出ゲームと小出しとARG
そう、人が考え始めるには心地のよい難しさが必要なんだ。心地のよい難しさは知的好奇心を生むから。だから、思考参加型マジックもきっと情報の出し方が大切なんだ。
最初からすべてをお客さんに委ねてもダメだし、ヒントを与えすぎるといつものマジックになっちゃう。そういう緻密が設計が必要なんじゃないかって。うっかり考える。

でも、それは僕がARGの面白さ、作り方を考えたときに思ったことでもあった。
未だにARGがなんなのかよくわからないけれど、僕が作りたかったARGっていうのは、ナゾトキでもバイラルマーケティングでもなく、現実を舞台にした物語だったのです。

例えば、砂浜を歩いてたら小さなボトルが漂着してる。それを手にとってみたら手紙が入ってる。手紙は海水で少し見えなくなってしまってるけれど、でも、「ごめんなさい」って言葉と「message@miyocco.」というアドレスまでは読み取れる。

僕はごめんなさいって意味が気になってしまったからメールを送ろうとする。でも、.co.jpなのか.comなのかわからない。とりあえず、すべてに送ってみる。そしたら、英語で返事返ってきて…

ていう感じで進んでいくリアルを舞台にしたイベント。そこにはいわゆる謎も謎解きも存在しない。ただ、情報が欠けているだけの世界。
本当は僕が一枚の絵を書いてるのだけど、その一部しか見せないことで、「なんだろこれ?」って思っちゃって、そこからこれが何なのか、どういう絵なのか自分で考えて動き始めちゃう。そういうのが僕の思い描いたARGだったのです。

ま、そのための心地のよい難易度とか情報量を考えるのが難しくて難しくて結局作れてはない。
でも、前フリと想像力とおんなじで、小出しと自主性(自我関与)っていうのはものすごいキーワード何じゃないかって思ってしまっている。情報をちょこちょこ出すことで人は勝手に考え始めてしまう、考えたら動きたくなる。自分で考えて動いて知ったこと、体験したことはただ与えられるものより記憶に残りやすいし、なにより楽しい。

つまりは、自主学習って一番のエンターテイメントなんだよ!ってこと(嘘)


そんなことを考えたのでした。
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