2012年3月28日水曜日

今日を祝うくらいなら、明日も一緒にいる未来を僕は願ってしまう

もう、いくつもの日記を書いたけれど、結局公開していない。
書いては消し、書いては消し。まとまらない想いが僕の内っかわをこだましている。

それでも、誕生日という記念日に、僕はもう一度、僕のことを綴ろうと思う。

人生でもまれに見るくらいいろんな人と出会った。それはいいことばかりでもない。楽しいことは増えたけれど、その分、濃さが薄くなった気がする。
大切だと思える人の大切な時間。昨日、卒業式を開いて思い出す。今日という日は一生に一度しかない。そして、彼らの卒業式も一生に一度しかない。だったら、僕は友の一生に一度を本当に本当に大切にして生きたい。結婚式とか卒業とか。もちろん、行事ごとだけじゃなくて。


やりたいこと、作りたい未来、そういう想いがいくつか膨らんで僕の中にたしかに存在する。脱出ゲームだったり、ホームパーティだったり、それらはそのための布石。


でも、やりたいことなんかより、僕には大切にしないといけないことがあるって思い出した。ぼくの根底をつくりあげるもの。人との時間。楽しいことに目隠しされて、忘れがちだった、僕の奥のほうの想いをもう少し大切にしていきたいなって、今は思う。

これは去年の今日、書いた日記の一節。僕はこの一年どんな時間を過ごしてきたのだろう。思い出してみる。記録ではなく、記憶に、もっといえば感覚にどんな想い出が刻まれているのか。


不安な人はよくしゃべるという
酔っ払ってる人は酔ってないという

人はいつも、本当の自分とは正反対の感情を、言葉を口にする。
本当の僕はただ、寂しかったんじゃないだろうか。ただ、暗かったんじゃないだろうか。
楽しそうなイベントばかりならぶカレンダーをみながら、ふと客観的に自分を観察してしまう。


僕は本当に作りたかった未来を作れていたのだろうか。本当に大切にしたかったことを大切にできていたのだろうか。


たぶん、見透かされている。僕が本当には笑ってないことくらい。
僕を知る人なら、きっと見透かしている。
どんなに楽しい時間もこころがどっかにいってしまうのは、僕のこころが風船につながれてどっかに飛んでいってしまったからだろう。
それを必死でつかもうとしたけれど、結局僕は、こころないままここに立っている。


人と話すのがむずかしくて
人と話すのがよくわからなくて
それでも人と話してみたかったから、ふわふわとした言葉、ふわふわした上っ面を作ろってしまったんじゃないかと不安になる。ちゃらちゃらした自分はやはり苦手なのだ。


去年よりできるようになったことは増えたけれど、
去年より人とうまく話せなくなった気もする。


一日をしっかりと生きよう
一分をしっかりと生きよう
一秒をしっかりと生きよう

ありがとうと思ったらありがとうを
うれしいと思ったらうれしいを
会いたいと思ったら会いたいを
話したいと思ったら話したいを
ちゃんと言葉にしよう。


今年の目標は、はしゃぐ人を増やすことでも、よこしまな気持ちを忘れないでもなく、

「人と一緒に生きる」

ことにしよう。一番苦手で、一番好きな時間にもっと慎重になろうと思った。


まとまらなくて、つながらない文章だったけれど、消してしまうよりはましだとここに残しておくことにした。

ハロー29歳。グッバイ28歳。
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