2011年9月29日木曜日

第2回御社ランチ会「行き先:博報堂」

御社ランチ会とは・・・友だちの務める有名企業にタンクトップ一つで乱入して、ランチを食べて「いやー本当に御社のランチはー」と媚びへつらい、OB訪問のようにねほりはほり話を伺う会なのである。


電通のイチゴジュースがうまいと聞いたものだから、昼に行って、ランチして、ジュース飲んだのが先月。真っ昼間から下ネタばかりになるという、なんとも不思議な時間を過ごせたので、ちょっくら他の会社にもごはん食べにいってみようではないか!という思いつきで始めて見ました。
というわけで、今回はこちら

にゅうかんしょ
博報堂。電通に行ったら、次はってことで。
ランチでの出来事
今回のランチは、気前よく僕を入館させてくれたゆうくんと僕の男2人。外の景色を望める席で優雅にわがまま定食・白米、略してわがまま白米(食堂のおばちゃんがそう言ってたから)を食べました。

博報堂の社食では、定食と、自分で好きな小皿が注文できるわがまま定食の2種類がありました。人生、何にも縛られずに自由に生きようぜ!ってことで、わがままをチョイス。が、しかし、私はこういう選んでいい系が苦手なのでした。
迷っているのに後ろからは他のお客さんからのプレッシャーが!耐えられない、耐えられないぞこのプレッシャー!って、冗談交じりで話してたら、「ごめんなさいね」って食堂のおばちゃんに謝られました。
(あ、いえ、そういうつもりではないのです。そんな気を使わせてごめんなさい。大丈夫です。だって大人だもん!)

今日のランチで、一番僕を興奮させたのは、ジュースのストローでした。さて、どんなことが起こったのか。それはこちら!

「ある男2人が博報堂でランチを食べていました。デザートがてら、2人はジュースを頼みました。しかし、出てきたジュースは一方にはストローがささっており、もう一方はストローがささっていませんでした。なぜ、ひとつにだけストローはさされていたのでしょうか?」

答えがわかった人はぜひ、コメントにでも回答ください。ヒントが欲しければ、水平思考ゲーム形式で、僕がYesかNoで答えられる質問を書いてくれたら、YesかNoでお応えいたしましょう!
ランチの後に
帰りに、博報堂ライブラリに行ってみるといいよと言われたので、1階下のライブラリに行って見ました。「社員以外立入禁止」とある上に、私はタイパンツと半袖パーカ。震えますね。

ただただ、雑誌と書籍が置いてある普通の図書館だとばかり思っていましたが、一角に博報堂の社員さんが選出した本のコーナーがありました。そこには、ビレッジバンガードのように、本のキャッチコピーと一文が添えられたポップが一冊一冊に貼られていました。
そして、それは売るためではなく、僕らのクリエイティビティを触発するような言葉で彩られていました。

いやー触発された。名前とかは聞いたことないけれど、言葉のひとつひとつが詰まっていた。一個だけ、きっとダメなんだろうけど記しておこう。

「行動は“質量”に変わる」(相対性理論がわかる本に対するコピー)



さて、次回は10月末くらい?ベネッセが最有力候補ですが、電通博報堂ときたなら、次はADKなんじゃないか?って思っている今日この頃です。

というわけで、締めはこちら「御社にランチおじゃまさせてくださーい」

第3回みよつこの部屋「ゲスト:ひろこ」

みよつこの部屋とは
5年後の自分は、今の自分が作る。だから、ステキな未来を描くために、ステキな人からたくさんの刺激を受けよう!
というか、最近なかよくなった人と、たまには膝を突き合わせて、真面目に語り合ってみようじゃないか。という企画
ゲスト:ひろこ
というわけで第3回のゲストはこの方。

ひろこ
ひろこですね。
「『作品』と呼べるレベルのoutputをもっともっと増やしたい!」最近そう強く思いはじめて、だったら「同じモノづくり人の話を聞いて、刺激を受けようじゃないか!」ってことで呼んでみました。

これまでの2回以上に、話の構成を練ったので、とても有意義な時間となりました。また、2つくらいにまとめてお伝えしましょう。
僕の悩み「創作意欲が湧かない」
クリエイトしたい!と言ってる人にはあるまじき姿勢ですが、ホントだからしょうがない。だから悩んでるのです。イベントを作るときだけは、「どーしよーあーしよー」とか集中できるのだけど、ことシナリオとか企画になるとなんか中途半端にしか集中できないでいる。すぐに飽きてしまう。そんな悩み。

それは先日、お月見パーティをひらいたときのこと。ひろこを呼んだのだけれど「どーしても作りたいものが思い浮かんだから今日は行けない!」とメールが来ました。
こんな痛快な断られ方をしたのは初めてでした。とてもうれしくおもいました。と同時に、とてもうらやましく思いました。友だちとの約束を破棄しても、どーしても作りたいものがある。そのことに。

だから聞いてみたのです。どうやったらそんなに創作意欲が湧くんだと。
それは簡単な答えでした。「なんかやだなを溜めておく」ということ。日々の生活や体験の中で出逢ったものに対して、「これもっとよくできるはずなのになぁ」と思ったものを観察し、記憶し、そして、どうすればいいのかを考える。それの繰り返しなんだと。だから5年前に考えたことが今になってやっと形になることもある。とのこと。

はっ!と思いつきました。記録をしようと。もやもやに出逢ったら記録をしようと。僕だって、ひろこと同じように「これこーだったらいいのになぁ」って思っているはずです。なのに、一向にカタチにならない。それは僕が忘れているから。だから、ひろこのように想いが重なっていかない。
記録して、もやもやを溜めて、想いを重ねていけば、いつか創作意欲が爆発するんじゃないか。そんな仮説を持ってこの3ヵ月過ごしてみようと思いました。
コンセプトに染まること、浸ること
ひろこの創作過程を聞いてていちばん印象に残ったのが「浸る」という感覚。
例えば、写真を撮ろうと思ったとき、まずひろこは心象を決めるらしい。「水にプカプカ浮かんだ感覚をおさめたい」とか「子どもの頃に見た海の感じを撮りたい」とか写真で表現したい感覚を決める。
そして、それに一旦おもいっきり浸る。その感覚をすみずみまで行き渡らす。そうして、感覚と自分を同化させて、やっと作品にとりかかる。

僕もイベントを作るときは、「みんなに学生の頃に懐かしさに浸ってほしい」とか「にけつっていう甘酸っぱい感覚を味あわせたい」とか感覚から入る。でも、浸りきれてないと思う。もっともっと自分を感覚に浸して、染まりきれば、もっともっと面白いアイデア、企画が出てくるんじゃないかって思う。それが本気で企画を出すということだと思う。

最近の自分は本当に中途半端にしかクリエイティブと向き合えてないのだなと痛感した。
さいごの質問「俺って何に向いてると思う?」
今後のみよつこの部屋で必ず聞こうと思った質問をぶつけてみました。
答えは「小学校3年の理科か数学の先生」でした。あまりにもピンポイントかつ即答だったのでおどろきました。

理由はちゃんとあって、勉強っていうのは、案外、教えてもらった先生によってやる気が出るか出ないか決まってしまう。そんなとき、僕が先生だったら数学とか理科とかの授業でも聞きたくなるだろうなって思ったんだって。
まとめ
今回は「作ること」に重きを置いて聞いたので、なんだか人には伝えづらい内容となってしまいました。これを読んだ人にもなんかひらめきがあるとうれしいなと思いつつ、このあたりで締めたいと思います。

次回はだれにしよーかなー「めざせ!友だち100人!」

2011年9月25日日曜日

「いい女」より「ズルい女」

ウルフルズの歌に『いい女』ってのがある。
シャ乱Qの歌に『ズルい女』ってのがある。

いい女は、俺を困らせるけど、世界で一番好きらしい
ズルい女は、本当にいい女だけど、バイバイするらしい

さて、「いい女」になりたいか。「ズルい女」になりたいか。






僕はずるい方がいい。

あ、女ではなくアイデアで。

いろんな人がいいね!って思ってくれるアイデアを出していくよりも、いろんな人がずるいな!って思っちゃうアイデアを考えたい。


「あーそこ思いつかなかった!」とか
「そんなところにアイデアあったか!」とか


ずるいアイデアを思いつきたい。同じ作り手がうらやんじゃうアイデアを。そして、そのずるさってのは、受け手にはいいね!って感覚で伝わっていくと思うから。
当たり前かもしれないけど、そういう根本スタンスはちゃんと根付かせておきたいなと思う今日この頃でした。はぁ修行が足らんなぁ。。。



あ、ちなみに僕はズルい女の子には振り回されるけど、きっとその子はいい女だと思うから、ずっとずっとひとつだけ伝えたいことを伝えるなと思いました。

以上。

2011年9月21日水曜日

夏を制するものだけが恋を制する(なんかスラダンみたい)

なんか書きたいことあったけど、忘れました。どーもmiyoccoです。
9月は「制服パーティ」に「ナリキリ!金田一」に「十五夜」に。青春と季節をたいへん味わえるいい月でした。てゆーか、制服パーティの次の週に運動会があり、その次の週にヘンタイからの卒業イベントがあり。3週連続で学生服をきた世にも珍しい月となりました。

いやー、人生でいちばん青春してますよ!ってことで今週もいきましょう。
月間企画
やべー。10月は何も考えてねー。ま、たまには休みましょう。白黒ビールオセロに高尾山ヘキサゴンに暗号ナイトに。案外やりたいことはあるので大丈夫でしょう。てゆーかハロウィンあるしね。
定例企画
■ファインダー越しに恋をしよう・東京写真部『恋写部』
普段の写真をもっと上手に撮りたい!
もっといろんな写真撮れるようになりたい!
感じたものを写真におさめられるようになりたい!

とかとか。初級者だけど写真好きって人はきっとたくさんいるはず!そんな写真好きが集まって、ちょっといろんな写真撮りに行こうぜ!ついでにちょっと写真のことも勉強しようぜ!そんな企画です。

夏なので、写真部はちょい休憩中。次回は9月の秋を予定。なんか、写真展やるかもらしいよ!
※過去の内容はこちら
http://twipla.jp/events/2146
http://twipla.jp/events/4101
http://twipla.jp/events/6611
http://twipla.jp/events/8176
今週のボツネタ
特になし!

あ、あんまり書くことなかった。

2011年9月18日日曜日

第2回みよつこの部屋「ゲスト:けんぼー」

みよつこの部屋とは
5年後の自分は、今の自分が作る。だから、ステキな未来を描くために、ステキな人からたくさんの刺激を受けよう!
というか、最近なかよくなった人と、たまには膝を突き合わせて、真面目に語り合ってみようじゃないか。という企画
ゲスト:けんぼー
というわけで第2回のゲストはこの方。

けんぼー

けんぼーですね。
ゲストさんは毎回脈略もなく呼ぶつもりなんですが、がっちゃんの次にふと思い浮かんだのがこの人だったのでお声をかけました(がっちゃんの中学の同級生だったのもるけど)

けんぼーのことをあまりに知らなさ過ぎて、前回にもましてちぐはぐな質問をしてしまいましたが、今回も思ったことを2つくらいにまとめて残しておきましょう。
あ、こいつやっぱやさしいな
けんぼーとはもともとtwitterでちょこちょこAKBの話とか、AKBの話とか、AKBの話とかしてたから、はじめて会った時もAKBの話をして、ぼくの中では「仲良くなれそうな人」と認識していたわけです。
でもね、会えば会うほど“なんか”チャラいんですわ、この人。なんでか分かんないけど、なんかチャラ“そう”に見えたんです。「あーこの人と別の形で出逢ってたら、僕は友だちにならなかったろうなー」って思ったことがありました。

んで、ちゃんと話してみて分かったこと。それは「こいつやさしいな」ということ。それは、尊敬する先輩のいいところは何?って質問に

どんな時でも人を嫌な気持ちにさせないところ。むちゃぶりをしても、その言葉の伝え方やフォローの仕方で、相手が嫌な気にならず、逆に頑張るからすごい。
って回答したこと。そしてもう一つが、僕がたくさん質問してもそれにちゃんと答えたこと。ごまかさずに。省略せずに。

もちろん、話し方やそのテンポも十分に大切な要素ではあったけれど、彼のものごとに対する感じ方、考え方を見ていると、あたたかさというか、やさしさがにじみ出てくるやつなんだなって感じたのでした。芯の部分で。
だからこそ、表面的には僕とは好みの違う部分に対して“チャラいな”というレッテルを貼ってしまったのかもしれません。
アイデアはすでにある
アイデアってどうやって集めるの?って質問に「街に出て人の声を聞く」ってところからつかんだコンセプト。

ハンズで、ビールが好きだからと缶につけるとビールサーバのようになるアイテムを見ながら、彼女に「これいいなー。ビールってやっぱり泡が重要なんだよね」と彼。それは、きっと誰しもがもつ、自分の中の小さなこだわり。そういうニッチな感覚・こだわりを、も少し一般的な人に広げることができたら、みんながいいね!とおもう企画になるんじゃないかなってけんぼーは言った。

そうやってけんぼーは、人の言葉を聞いて、そこから「そういえばこういうこと面白そうだったよな」って記憶をたぐっているのだと思った。自分の中にあった感覚を。

だから、僕は思ったんだ。アイデアは記憶だと。新しいことを思いつくことなんてない。ずーっとたまってたことからたぐりよせているだけなんじゃないかと。だから、たぐりよせるために、情報のインプットが必要なのだ。インプットが刺激となって記憶が呼び起こされるから。

聞いたことないこと、見たことないこと、やったことないことを実感を持ったアイデアになんてできないのだ。熱のこもったアイデアはいつだって自分の中からしか生まれない。
そんなこんなで「企画は自分の引き出しからしか生まれない」って言葉でぼくらはその話を締めたとか締めなかったとか。
まとめ
はてさて、今回はどうなることかとおもったけれど、思い返してみれば、ものごとに関する考え方をとても学べた時間だったと思う。そんな時間をくれたけんぼーにありがとうと言いたい。

考え方は人それぞれという考えが僕はあまり好きではないけれど、こうやっておなじ価値観、ちがう価値観をちゃんと共有して、分かち合っていく時間はとても大切だなとおもった。ここからまたなにか生まれていけばさらにね。

さてさて、次回はちょっと間をあけて9月下旬か10月上旬。ゲストは決めている。話したくてもちょっと声をかけづらかったりするんだけど(2人っきりだし)ま、徐々にいろんなひとに輪を広げていければと思っている次第です。

というわけで、締めはこちら「めざせ!友だち100人!」

2011年9月15日木曜日

君は僕が思ってる以上に 物事に純粋で君は僕が思ってる以上に 人に温かくってだからだから五分だけでいいから僕の横に座ってて

久しぶりにゆずを聞いた。
染み入った。


ゆず一家のころの歌をカラオケで延々と歌いたいなって思った。
高すぎてすぐ喉が潰れそうだけど。


10年前を思い出す。大学1年生の頃。
まだ、モー娘。の高橋愛が新人だった頃。
zoneのsecret baseが新譜だった頃。


いろいろ間違いを犯していた自分を思い出して、
ゆずを歌いたくなった。

人付き合いが苦手すぎて斜に構えていた自分を思い出して、
ゆずを歌いたくなった。

わがままと自分らしさを履き違えていた自分を思い出して、
ゆずを歌いたくなった。


とりあえず、ゆずを歌いたくなった。

2011年9月10日土曜日

10年ぶりの運動会。

今日は運動会に行ってきた!
実に10年ぶりの運動会に。

今日この日のために、バカみたいにいっぱい準備した。
リレーのために短距離走のフォームを勉強したり、
朝のラジオ体操のためにYoutube見て確認したり、
ゼッケン買ってきて、名前を手書きして体操服につけたり、
昼のお弁当を作ってみたり。

別に自分のイベントでもないのに、自分が作るときと同じくらい、
どうやったら自分が楽しめるか、その中で人と楽しさを共有できるか、
今日という一日を楽しもうとしたと思う。

結果は、奇跡的に予告通りの「優勝」&「MVP」
(のわりに、パン食い競走とリレーはビリから2番目だし、玉逃げは逃げられてないし。本当にメンバーが良すぎた)



青春ってのは二度とやってこなくて、時というものは二度と取り戻すことはできない。だからやり残したことがあった僕は、奇跡的に訪れた「運動会」というこの青春を謳歌したいと思った。
もう二度と体験できないと思ってた「運動会」を。

バカみたいにはしゃいで、バカみたいに声を張り上げて、
バカみたいにムキになって、バカみたいに悔しがった。

そうやって、もう取り戻せない時間を必死にもがいて、取り戻そうとした。今という時間を十分すぎるくらいに精一杯に生きた。だからとても楽しかった。



たくさん迷うことがあって、たくさん後悔することがあって、どうしていけばいいんだろうなと思うことがある。ぼくはどこに進むべきなのかと。だけど、こうやって毎日を精一杯、あとで心残りにならないようにやっていこうとする自分は好きだなと思う。


毎日を全力少年で生きられたら僕は幸せなんだろうなって思ったんだ。


こんな素敵な時間をくれた友と、一緒に時を過ごせた友に本当に感謝している。

高校生に戻る
高校のジャージ


時の重みを知る者ぞ

どんな風に生きていたいかと問いかけてみる

大切な人の大切な時間を大切にしたいとか
友だちとファミコンして時間を無駄づかいしてたいとか

極論すれば、誰とどんな時間を過ごしたいのか
その連なりが人生というものなのだと思う

今日は夜、誰とも会うこともなく、ひとり運動会の準備をしていた。
お弁当箱買って、体操服にゼッケン縫って。
ひとりさみしいなとも思うけど、明日のために準備してる時間が
とても楽しく思えた。

何も生まれない時間
何かが生まれていく時間
有意義な時間
無意味な時間
準備の時間
本番の時間

世界にはいろんな対になる時間ってのがあって、
僕はその両方が好きなんだと思う。

友だちと過ごす途方もなく何も生み出さない無駄な時間も
面白い人とアイデアを出し合う何かが生まれ出る時間も
両方好きなんだ


もうぼくの28年はもどってこない
会おうとしなければ会えない友だちもいる
人ってのは友だちとはいつでも会えると思っているから
案外そんなことないのにさ


だから僕は、「そんなことしてどーすんのよ?」と今思われても、毎年同じ場所でおなじメンバーで写真をとっていけたらなと思えた。それを40年後見たとき、たぶんみんな感動すると思うから。きっと涙をながすと思うから。
いくつのコミュニティでできるかは分かんないけど、ま、減るもんじゃないしとりあえず声をかけてみようじゃないか。

2011年9月8日木曜日

第1回みよつこの部屋「ゲスト:がっちゃん」

さて、3ヵ月ほどあたためていた企画の第1回目がとうとう始まりました。
題して「みよつこの部屋」。

5年後の自分は、今の自分が作る。だから、ステキな未来を描くために、ステキな人からたくさんの刺激を受けよう。という思いではじめた企画であります。
要は、最近なかよくなった人と、たまには膝を突き合わせて、真面目に語り合ってみようじゃないかということですね。

というわけで第1回目はこの方。

がっちゃん

がっちゃんですね。
実は第1回目のゲストは、この家に引っ越してくるキッカケになった人を呼ぼうかと思っていたのですが、人生はタイミングだ!ということで、来年から関西に帰ってしまうがっちゃんを選んだのでした。

基本はモノづくりに関することやそのルーツを聞いていったわけですが、感じたことを2つほど書いておきましょうか。
その笑顔は自分と向き合った結果
がっちゃんの一番印象的なところといえば、やっぱり笑顔だと思うわけです。よく笑ってるなと思うし、いい笑顔だなと思う。(僕はあんなふうに笑えないからね)
そして、それは他人が悲しんでいる時ですら、明るさを作れる笑顔だと思う。がっちゃんがそんな笑顔でいられる理由を今日なんとなく知った気がする。

それは、「あなたが大切にしてる価値観はなんですか?」って質問したときに、
・感謝を忘れない
・めぐりめぐってくることを忘れない(いいこともわるいことも)
・ものをプラスとマイナス両方の面から見る
と答えたとき。

ただポジティブなだけじゃ、人が悲しんでいるときにこころのない笑顔になってしまう。痛みが分からないから。でもその辛さを分かった上で、その出来事をいい風に解釈できている。
他人に起こっている出来事を良い方向と悪い方向の両面を知っているからこそ、芯の強い笑顔になるんじゃないかなって思ったのさ。
予想外は自分の外にある
も一個はクリエイティブについて。がっちゃんは仕事の傍らジュエリーデザイナー?をしている。(表現は違うかもだけど)だから、ひとりのクリエイターとして、どんな風にものと向き合ってるのか、ものを作っているのか、聞いてみた。

その中で一番印象的だったのは、ジュエリーをつくるときの流れ。
まずは、お客さんと話をする。その会話の中で取り出した「その人が大切にしてること」や「心理状態」を絵に落とす。そして、その中で好きなものを選んでもらって、最終的なデザインができあがるらしい。

僕が企画を作るときは、基本プロダクトアウトだから、人の話は聞かないし、意見も求めない。それとは正反対なことに興味津々だった。

なんで?って何度か聞いた。なんで、人の話を聞くのかって。自分でデザインしたものを売らないのかって。そしたら「人と話してる中で自分にはなかった予想外のものが生まれるから」と言った。

あーそうだ。そーだったと思った。自分の頭の中だけじゃ予想通りのものしかできないから。だから、下見はしないんだって、水曜どうでしょうのディレクター・ふじやんが言ってたなーって思った。そして、それはここんとこ自分が忘れてたことだった。大切にしようとしていたのにもかかわらず。

面白いものは自分の中にはない。他人の中にある的なことをジブリのプロデューサー鈴木さんが言ってたっけ。あー忘れてた。

もうこの人はすごいなっておもった。この人はものづくりで大切なことをちゃんと知って、ちゃんと忘れないでいられるんだなって思った。


さてさて、2時間をざっくりまとめてみたがどうなんだろうか。
まだまだ自分の質問力はクリエイティブには程遠いし、はたしてがっちゃんの2時間をもらうに足りる時間であったのか、ほとほと疑問ではあるが、ま、1歩目はこんなところだろう。

次回は来週の火曜日(早っ!)ゲストはもう決まっている。
3回目のゲストにそろそろ声をかけないとなと思う今日この頃でした。


めざせ!友だち100人!!!

憎悪と無関心に変わる前にこの気持を想い出に変えてしまおう

なんで僕は、いつもみたいにここがダメだったとかここをもっとこうしてればよかったとか思う以上に、あーやってよかったなぁって思うんだろう、と思った。
いつも、自分のイベントは20点で、ダメなとこの粗探ししかしない自分が。

それはたぶん、今回のイベントが、□□をしたいではなく、○○な世界っていいなってところから始まったからだと思う。

制服を着てイベントがしたかったわけでも
90年代JPOPをかけるイベントがしたかったわけでも
ましてや、女の子の制服姿をみたかったわけでもなく

僕がこのイベントをする前に考えていたこと、というかいままでずっとずーっと考えていたこと「みんなで力いっぱい「青春」できる時空間があったら、それはものすごく楽しい!」が少し叶った気がしたからだと思う。

それが最終的に、イベントという形になり、ゲームという企画に落ちていったことは、傍から見れば「なんだフツーのイベントじゃん。てゆーか結婚式の二次会じゃん」ってなるとは思う。

だけど、僕にとっては、想いがカタチに変わって、それを(少人数だけど)共有してくれる人がいたことが、たいそう気持よかったのだとおもう。
それは6年前、卒業旅行を「3日間ずっとずーっと一緒に入られる旅行にしよう。それが一番の卒業旅行だ」と思って、人生で初めて「企画」というものを作ったとき以来の心地よさだと思った。


いろんな企画を作っていく中で、忘れかけていた気持ち、薄れていた感覚。
立ち止まるいいきっかけだと思った。



そんなことを思った9月の昼下がり。

どうにもならない 今日だけど 平坦な道じゃ きっとつまらない きみと生きてく 明日だから 這いあがるぐらいで ちょうどいい


アイデアの種を見つける場所は人それぞれだけど
ぼくのそれはどこかなって思って
久しぶりに本屋をひとりぶらぶらした

大学生の時は毎日図書館に行っては
いろんな分野の背表紙だけ見て
世界を感じていた

たぶん、ぼくは背表紙で世界を感じられるんだと思う


ってことで、今日感じた世界をおすそ分け

ー日本語コロケーション
コロケーションってのは語と語の結びつきを言うらしい
水+流す=水に流すとか骨+折れる=骨が折れるとか
よく分かってる単語同士が結びつくことで新たな意味を持つ

最近モンタージュという概念を研究材料にしていたから
これはどんぴしゃだった

言葉の妙だなって思った
買おう

ーガンダムで英語を身につける
これはわらけた

ガンダムの名台詞も英語にしちゃうとなんだかなーってなる
日本語の微妙なニュアンスをすごく感じられるなって思った

ー子どもの頃の思い出は本物か
なにこの衝撃的なタイトル
心理学系のところにあったから、小難しすぎて読めず
ただ、記憶の曖昧さについては非常に興味があるところ

ー時計の時間、心の時間
これも心理学系
最初に、僕らの見ている世界は0.1秒前の世界だよって言う解説があって、それが実際に目の前でわかるからとても興味が出た
でも、子どもと大人どうして1年の感じ方が違うのかの項目だけ読んでみたら、全然結論が出てなかったので、興味を失って買わなかった

ー本当にわかる論理学
まあこれは普通にいい本。今度買ってよもう

ーこれならわかる!構造力学
友だちと「なぜ、レインボーブリッジはあの形なのか」っていう題でワークショップしようぜ!って行ってから1年。すっかり忘れてたことを思い出した
でも、やりたくても誰が聞きに来るんだよーっておもっている。未だに

とりあえず、勉強がてら読んどきたい

そんなこんなでこれから週一で本屋巡りしたいなと思ったのでした。

2011年9月7日水曜日

きっとぬりすぎた色って 白に戻れないけど それでいい 新しい色で明日を描こう

アイデアが生まれる瞬間が「個」あると思うのか「場」にあると思うのか
それは、とても大きな違いだと思った。

たぶん今世界で2番目くらいに面白いアイデアの「場」を作れる人の隣にいながら、そんなことを思った。
そして僕は、「場」にあると思っていない。
厳密に言うと、どっちにもあるんだろうけど、「場」の中で見つけるのが
得意ではないから、「個」の中で必死に見つけようとしているのだと思う。
その方が自分の哲学にも合うから。

いつもその人に会いに行くときは僕は必ず何かを確かめに行ってるような気がする。今日はきっとそんなことを確かめに行ったんだと思う。

「場」の力を知っている。いやというほどその力の強さを感じている。
だからいつもそのことをうらやましく思う。
そういう場を作れる人を。
そういう場があるということを。

でもさ、ないものねだりしても何も生まれはしない。
自分に合った方法でしかひとは続けていけない。
だったら、僕は「個」の力で勝負してやろうと思うのだ。
世界には「個」の力でそれを実現できてしまう人がいるから。

問題は「個」にあるのか「場」あるのかではなく、
自分はどちらでアイデアを生み出すのが得意なのかということと、
いかにして両方をうまく取り入れていくかなのだ。
どちらにしたって困難さはさほど変わらない。
それは数学における無限に似てる気がする。

数学の中に出てくる無限。
それは時に理解し難く、時に不思議を連れてくる。
だから、僕らを惑わせる。
そこで数学では、無限を押し込める。
公理という名の器の中に押し込めて、
あたかも無限なんてのがなかったかのように振舞う。
すると不思議なことに、途中に出てくる問題はいとも簡単に解けてしまうのだ。

さて、じゃあそれで数学が簡単になったのかというとそうでもない。
今度は、押し込められた器を理解することが大変になる。
無限は押し込められただけで、消えてはいないから。
いつかどこかで人は無限の困難さにぶち当たるのだ。

それとおんなじなのだ。
「個」だろうと「場」だろうと押し込められた難しさは変わらない。
いいアイデアを思いつこうと思ったらそれなりに大変なのだ。
いとも簡単にアイデアを出してるようでいて、そこにはとても繊細な
経験的な技術が隠れているのだと思う。

じゃあそれをどうやってるのかって。言葉で説明しろと言われたら
案外できるとおもう。
それくらいにちゃんと観察はしている。
でも、実際にそれを実行できない。

そんなもんなのだ。
ぼくのこころはもうまっ白にはならない。
たくさんいろんな色で塗ってきた。
それをわざわざ消そうとする必要なんてないのだ。
自分の色を大切にしながら、新しい色を足していけばいい。

間違った色も
にじんでしまった色も
すべてぼくの色だから

何かに勝つのではなく
誰かに追いつくためでもなく
「それおもろいな」と驚かせるために
アイデアの恩返しはアイデアでしかできないから

驚かせたなら驚かせ返してやろうと僕はいつだって思ってるんだと思う。



あー今日もいらんことかいた。
てゆーかなんで会いに行ったか今頃思い出した。

2011年9月5日月曜日

錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう(制服パーティを終えて)

床に伏せたらねむっていた
数時間前の記憶はなんだかずいぶん昔に思えて
世界はほんとうにうつつの中だけれど
このもやもやと充実感はほんものなんだろう

というわけで、制服パーティをやってきた。
今日、やってきた。

ここんとこずっとやってきた脳内シミュレーション。
これはほんとうに面白いのかな
ここで周りの人たちはどうおもうだろうとか
できうるかぎり、いろんなお客さんといろんな場面を想定して
3時間の設計書をつくりあげた。

はたして本当に楽しんでもらえたのか。
それは僕にはわからない。
このあたりの空気あったまってないなとか
この時間のメリハリ少し弱いなとか
感じながら修正できなかった自分がとてももどかしかった。

だけど、にけつデートリレーでみんなが外に出てきたときに
ぼくはちょっとうれしくなった
ぼくの想像をこえてみんなが楽しんでくれている気がした
それだけで今日、やってよかったって思った。

仲間を増やして一緒にイベントを作っていける人をとてもうらやましく思う。
結局今回も、事前準備はひとりでほとんどやってしまった。
それくらいに僕は人を巻き込んでいくのが苦手だ。
それはとてもとても残念なことだとおもう。

だけど、だけどね、
ぼくを後ろで支えてくれようとした人がいて
もくもくと料理を作ってくれる子がいて
何も言わずにバーテンをやってくれた人がいて
片付けを手伝ってくれる人がいて
テンパッてるぼくを助けてくれる。
そやって、ぼくのイベントではなぜだか当日の協力者が増えていく。

なんだかそういうイベントが好きなのだ
はじめてイベントを作ったときから「参加者」と「主催者」が
あいまいなイベントばかりを作ってきたから
足りないところは、気づいた人が補ってくれれば、
それはそれで楽しいんじゃないかっておもうんだ
参加者が作り手として入っていけるスペースはあっていいんだとおもったんだ


さて、このままでいいのかな?っておもう
ぼくはなんでイベントをするんだろうっておもう
僕が向かいたい先と僕が向かうべき先はまだズレている

それでも今日僕が一番感じたことは
もう後ろで見守ってちゃだめなんだってこと。
ぼくは裏方としてずっとずっと見守ってきたけど
それじゃあもう僕は満足できないんだなって知った。

人を巻き込んでいく力
人を気遣っていく力
前で場を暖めていく力

すべてがあればそりゃもう作り手としては申し分ないんだろうけれど
もう欲張らない。

人を巻き込めなくていい
人への気遣いが足りなくてもいい

そんなもんなくていいから
ぼくは絶対的なコンテンツ力と
ちょっぴりの司会力を持つ。
そう決めた。
それが一番ぼくっぽかったから。


さぁ夜が明ける。
錆びついたマシンガン持って今を撃ちぬいてやろう。
過去も未来も自分で変えられると知ったから。
全身全霊で弾をぶっぱなしてやろう。

2011年9月4日日曜日

誰かの願いが叶うころ

誰かの願いが叶うころ、誰かが涙をながしているのではなく
誰かの願いが叶うころ、誰かが笑っていると思いたい

誰かの願いが叶うころ、誰かが泣いて悲しいというのなら
僕がその子を笑顔にしてくるから
君にはずっと笑っていてほしい

誰かの願いが叶うころ、僕は君といられなくなるけれど
君の笑顔を願っているよ

僕の願いが叶うころ、君はとなりにいないから
僕はずっと願いつづけるんだ


君といたいと



宇多田ヒカルってすごいね。
そういえば、小林賢太郎TV3を見たよ。やっと。KREVAと斎藤先生との対談が面白かったな。「余白」「のりしろ」とてもおもしろいコンセプトばかりで、あーこの人の「笑い」の意味は、僕らのそれとは範囲がちがうんだろうなーとおもった。

ただ、すこし背中が見えた気がした。なぜだか。
遠かった世界が少し近くに感じた。
見えればこっちのもの。すこしでも近づこう。

2011年9月3日土曜日

今私達に大切なものは恋や夢を語り合うことじゃなく

独りぼっちじゃないから一人ぼっちになれるし
一人ぼっちだからがんばれることもあるだろう

さみしいって気持ちは必ず生まれてくるものだから
それは仕方のないことだけど
それをねじ曲げてしまわないように
さみしさにまっすぐになれるように

さぁまずはスタートラインに着こうか

2011年9月2日金曜日

ボツネタがもっと増えればいい

考えて
考えて
もひとつ考えて
あーこれで大丈夫だーと思った

ふともの足りないと思った

思いついて
面白いなと思って
だからOKを出した
自分にOKを出した

そんな自分がもの足りなかった

することが他にもあるからサッと思いつけたことはいいことだった
人生効率も大切だと思う

でも
でもなぁ
もっとボツにしたい
もっとボツがあってもいい
ボツネタが増えて
あーなんか時間の無駄だなーとか思いながら
さらにボツネタが増えて

ボツネタが増えるたびにアイデアが研ぎ澄まされていくと思うから
もっともっとボツネタを増やしていこうと思ったんだ

2011年9月1日木曜日

誰かが言った「幸せになるため生まれ、そして誰かを幸せにするため生きていくんだ」

毎日がつまらないのは、君自身がつまらないからだ。
ディズニー行かなくても、旅行いかなくても、映画見なくても、世界を楽しむ方法さえ持っていれば、世界は楽しいのだ。エンターテイメントなんていらない。アミューズメントなんて不必要!

というコンセプトのもと、月曜日、高校生2人と社会人2人とで新宿をぶらぶらしてきました。題して「究極の都市型アミューズメント・ツアーズ」
新宿南口に集まり、ハンズ→紀伊国屋→ヴィレヴァン→ヤマダ電機の順でぶらぶらする。
ルールはたった1つ。自分で楽しみを見つけること。あと、お金は使わない。

いやーなかなかストイックな企画となりました。
とりあえずハンズの文具&バラエティコーナーで1時間半、文房具にツッコミにツッコンだあと、私が制服を買いたいからという理由だけで高島屋へ。

その道すがら、「おれ、ロッテリアのロッテシェーキのタダ券持ってる!」というやつがいたので、ロッテリアに寄り道。が、なぜかクーポンが消えてたため、ふるふるアイスなんとかを頼む。なんと、ビッグサイズがスモールサイズの半額になってるという意味不明な価格設定。
3種類全部買ってるんるんと3階へ。が、ヘドが出るほどまずかった。なんてったって、かき氷のシロップよりも濃ゆい液が、砕かれてないただの氷の上にのっかってるだけっていう。。。これ、140円もするの?って思いながら氷を噛む。そりゃー氷噛む人いるけど、これはひどい、ひどすぎる。

そんなこんなで、久しぶりに食べ物をディスりながら制服見て、ヴィレヴァンへ。
最後は音ゲーして終了(ここはお金使う)

いやーつかれた。 5時間歩いたから、新宿いたとは言えへとへとになった!


ってなわけで、自分たちの想像力と、創造力を最大限にはっきして、一日を楽しんでみたわけです。そこでわかったこと。

「エンターテイメントは偉大だ」

そりゃね、楽しもうと思えばなんだって楽しめると思うの。でもね、それをさらに楽しくしてくれる仕掛けってのがエンタメにはあるんだと思う。
コックがよければ、スーパーの食材でもおいしくつくれるけど、でも、その食材がもっとおいしければ、もっともっとおいしい料理になるでしょ。そんなかんじ。

僕なんかより、いっつも面白いこと考える人たちが、僕なんかより時間と労力をかけてつくったエンタメたち。いらないとか言えない。なくても楽しめるとか言えない。

だから、ぼくもそうありたいとおもった。人生を楽しめる人たちが、さらに人生を楽しめる仕掛け。ぼくはそれを「コンテンツの余白」と呼んでいるけれど、ぼくが描いたキャンパスに、参加者があらたに色を重ねられるよう、たくさんの余白を残していきたいなとおもう。


まずは4日の企画から。もすこしがんばろう。